にっき

言葉におきかえる

2018年3月11日/そして、星の輝く夜がくる(真山仁)

2018年3月11日は、震災から7年だ。
仕事のない日曜日は、家で一人でいることが多いけど、なんとなくこの日は一人で居たくないので友達との予定を立てている。

 

てか、7年ってやばくない?

  

あの日、たしか英語の課外授業を受けてて、携帯の緊急地震速報が突然なった。
当時これまで生きてて、携帯にそんな機能がついてて、あんな音が出るなんて知らなかったから、みんなその音に「え?」って感じだった。

 そしたら誰かが言った。結構クラスでイケイケな男子だったと思う。

 「あ、地震くる」

 そしたら、まじで揺れた。
初めて避難訓練以外で机の下に隠れた。初めて、真面目に、机の下に隠れた。

その後、みんなで校庭に避難した。
でもその時もちゃんと移動したけど、自分も含めみんなヘラヘラしてた。驚いて焦ってたけど、これから近い未来に、世の中があんなことになっているなんて思ってなかった。数分後の、数日後の、数週間後の未来なんてわからなかった。

 
校庭に集まって、なんだか先生たちがおろおろしていて、少し不安になった。その時、もう携帯は全然繋がらなかった。

 教頭先生が、メガホンで話はじめて「壊滅的な状態のようです」みたいなことを言ったんだよね。「壊滅的ってなんだよ」って思った。

そう、そしてたしか校庭にみんなで集まってるとき、雪が降ってきたんだ。
雪が降ってきて「あぁ、終わった」って思った。

 

親と連絡が取れた人しか学校から出ちゃだめってなって、私はたまたま母親との電話が繋がったから、家が同じ方面の仲良しの友達と歩いて帰ろうってなった。

その子とは別の、毎日一緒に登下校していた友達に「帰ろう」って言おうと思って、校庭?体育館?を探した。その子に何も言わず帰るなんてできなかったし、声をかけないなんて選択肢は頭になかった。

今、自分の周りにそんなふうに思える子いないなあ。

 その子はまだ親と連絡がつかなかったのと、彼氏が一緒にいたから「学校にいる」って言って、そこで「また学校にいくときね」って言ってバイバイした。

 
学校を出て、目の前の売店でのんきに飲み物とお菓子を買った。イモケンピ。当時めちゃくちゃ好きだった。
友達と2人で通学路を歩いている時、「やばいね」って言い合って、笑ってた。

道路は割れてた。

知ってる?道路って割れるんだよ。

 

バスで通っている道を歩いている最中も、きっと誰か途中で迎えに来てるだろって2人して考えてた。案の定、途中で母の車に拾ってもらった。

母は車を運転して私を迎えに行く最中に、凄い渋滞を目の当たりにしたらしい。
「なんでこんなに渋滞しているんだろう」って言ってた。今なら分かる、交通の乱れもあったけど、その時からみんなガソリンスタンドに並んでたんだ。

母の車に乗った時、「会えてよかったね~」の次に、「せっかく味噌汁作ったのに、全部床にこぼれた!!!」って言われたから、母親は強いなって思った。

 

そんなこんなで家に帰ってきたけど、その日の夜かな?次の日か忘れたけど、水が出なくなった。水道の蛇口をあげても水が出なくなった。

 知ってる?蛇口をひねって水やお湯が出るのって当たり前じゃないんだよ。

 


それから、いろんなところでいろんなことが原因でいろんな被害が出た。

 余震がずっと続いた。

 1か月後、また大きな地震が来た。

たくさんの人が寝る間を惜しんで自分にできることをした。

 いろんなところでいろんな人が知らない誰かのために力を貸した。

 

 大学に入って、「地震大丈夫だった?」って数えきれないほど聞かれた。

 

あれから7年がたった。
田舎の高校生だったのが、都会のOLになった。今は仕事が1番楽しい。

 ここに書いたことは7年前のことだから、うろ覚えの部分もあると思う。もう鮮明には思い出せない。

 でも、毎年この時期だけはちゃんと思い出そうって思う。

だからこれから先、何年たっても、私はこの時期にあの日のことを思い出すんだと思う。

 

 

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最後に、この本がとても好きです。震災のこと書いてあります。

 

そして、星の輝く夜がくる (講談社文庫)

そして、星の輝く夜がくる (講談社文庫)

 

 

 がんばるぴょん!